甘い罠
向かい合って座り、正面から改めて木村の顔を見ると、瑠璃は緊張した

休日ということもあって、髪型も特にセットしている様子はないが、無造作な感じがますます木村を若く見せた

髪をかきあげる際、こめかみの傷を気にするような仕草を時折見せる


「でも…
非常階段から落ちるなんて災難でしたね

あ、碧からチラッと聞いたんです

入院されてたんですよね?
大変でしたね…」

瑠璃は恐る恐る事故当時のことを聞いてみた


「まったくマヌケで恥ずかしいよ(笑)」と木村は頭を掻いた

「非常階段降りたらすぐゴミ焼却炉があるんだけどね
そこに古い雑誌やら新聞をまとめて捨てに行こうとしたんだ

珍しいことしちゃったからかな(笑)

や、営業課って野郎しかいないからすぐ事務所が汚くなっちゃうんだよ」

「え?
女の人いないんですか?」

頷く木村を見て、瑠璃はヨシ。と思う


「あまりに溜まってるから見かねてさ

慣れないことするもんじゃないよ(笑)」

そう言って木村は肩をすくめた


「雨降ってたらしいですもんね

足滑らせちゃったんですねぇ」

瑠璃は頬杖をつき、考えるように頷いてみせた

「うーん…」

木村は腕を組み首を傾げた


「滑った記憶は…
ないんだよなぁ」
木村はもう一度首を傾げた

「あ、そうなんですか?

まぁびっくりしたでしょうしね」

この時まだ瑠璃は、木村が言わんとしていることを理解出来ていなかった








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