甘い罠
「え?
あの時?…」
瑠璃は一瞬、木村が何の話をしてるか分からなかった

「あ、だからあの…
非常階段から落ちた時


俺、滑った覚えないんだよ」

木村の顔は真剣だった

瑠璃は、「突き飛ばされた」という木村の言葉の意味を理解するのにしばらくかかった


「あぁ…」と、分かっているようないないような、気の抜けたような相槌をうった

木村は伺うような顔で瑠璃を見つめている


「え?
…てことは、非常階段から落ちたのは

誰かに突き落とされたってこと?」

自分の言葉に、鳥肌が立つような感覚を瑠璃は覚えた
  

「いや違う…」と木村は早口で言い、目を閉じて目頭を押さえた


「いや…分からないんだ…

自分でも、はっきりとは…


ただ、足を滑らせた記憶は本当にないんだよ

でも、誰かがいたんだ…あの時

もしかしたらぶつかったのかもしれないけど…」 

瑠璃の鼓動が、急激に速まりだした


「え、でも…

あ、木村さんは転落してからすぐ見つけられたんですか?

気を失ってたんですよね?

その、最初に見つけてくれた人…とかじゃなくて…ですか?」


木村は首を振る

「俺を一番最初に発見してくれたのは、学校帰りの小学生だったんだ

道路と会社の敷地の間にツツジが植えてあるんだけど、その茂みの隙間から俺が倒れてるのが見えて

まだ2年生の女の子だったみたいだけど、気味悪かったんだろうな

道路で泣き出したみたいでさ、それで騒ぎになったらしんだ」

だとしたら、その女の子が非常階段にいるはずはない

そして木村が言うように、ぶつかった人がいるとしたら、その人が第一発見者のはずだ

その人は転落した木村を放置したことになる

瑠璃の頭は混乱していた







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