秘書室の言えなかった言葉
「うん、夢……。久しぶりに専務に会って、昔の事を思い出したりしたから。だから、そんな夢を見たのかな?専務の夢を見たけど、だからって、今も専務に気持ちがあるって事は絶対にない。別れた原因も原因だし、また専務を好きになるなんて、有り得ないから」


知里は視線を逸らす事なく、はっきり言い切る。


「原因?」

「……浮気」


知里は一瞬躊躇うが、言いづらそうに答える。


あぁ、やっぱり……


佐伯さんの女関係からすれば、なんとなくは想像がつく。


「そっか……。ごめんな、嫌な事聞いて」


俺はそっと手を伸ばし、知里の髪を撫でる。

すると、知里は俺をじっと見つめ


「英治、大丈夫?」

「ん?何が?」

「えっと、その……。専務の事、憧れていたから……。こんな話聞きたくないんじゃないかなって……」


まぁ、佐伯さんには憧れているけど


「俺、佐伯さんの仕事に対する姿勢とか、仕事に関しては憧れているし、尊敬しているけど……。あの人の女性に関する考え方は理解出来ないから」


ははっと笑うと


「そっか……」


知里も苦笑いになる。


喧嘩をしていたわけではない。

ただ、俺が勝手に不安になったり、苛立ったりしていただけなんだけど……

これって、仲直り出来たんだよな?


「なぁ、知里……。もう隠し事はナシだからな」


もう、知里とこんな風に気まずくなりたくない。

俺は自分の額を知里の額にコツンと当てる。


「うん、ごめんね」


そして、見つめ合う俺達。

そのまま俺達は、自然と口づけを交わす――…


< 111 / 131 >

この作品をシェア

pagetop