秘書室の言えなかった言葉
「専務……」


いつの間にか、誠司が私の側に立っていた。


「もう仕事終わってんだから、昔みたいに呼んでよ」


誠司は私の肩にそっと手を置く。

私はその手を払いながら、


「定時は過ぎたとはいえ、私はまだ仕事中ですから。それに、例えプライベートな時間でも、専務は専務ですから」


私は誠司の秘書。

だから、仕事は仕方ないけど、それ以外ではあまり関わりたくない。

はっきりと言い切る私に、


「そんな冷たい事言うなよ」


誠司は座っている私の後ろに回り込み、私を包むようにして両手をデスクに置く。

今、誰かが秘書室に入ってきたら、確実に抱きしめられているように見えるだろう。

もし、これがあの頃なら、ドキドキもしたのだろうけど。


「専務、セクハラですよ」


さっき以上に冷たく言い放つ。

そして、少し振り返り、誠司の胸を押し、離れようとする。

そんな私の抵抗も意味なく、誠司はそのまま私を抱きしめ、首元に顔を埋める。


「イヤッ……、離して!」


必死に誠司から逃れようともがく。

だけど、誠司の腕の力は強くなる。


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