抹茶な風に誘われて。

Ep.2 かをる

 かをる、それがあなたの名前です。

 お母さんも、お父さんもあなたが生まれてとても幸せでした。

 ただ、どうしてもあなたを手放さなければならない事情があるのです。

 大好きなかをる、どうか元気に、幸せに育ってください。

 お願い――私たちを、許してください。

 かをる、小さな愛しい子、かをる――。



 一人が好きだった。

 同年代の子供たちに囲まれて賑やかな時間を過ごすよりも、暇があれば裏庭へ出て空を眺めてぼんやりしたり、花壇へ行って、草いじりをしたりしてた。

 先生たちは皆優しかったし、友達が嫌いだったわけでもない。

 でも、ごちゃごちゃした空間にいるのが苦手だった。

 施設にいる以上、一人の部屋なんてもてるはずもなく、自分だけの時間なんてないに等しい。

 同室のエリカちゃんや美里ちゃんはお喋りが大好きで、いつもよく二人でいろんなことを話してて――私はその横で、一人絵を描いたり、宿題をやったりしていた。

 だけど皆に嫌われるのは嫌だったから、いつも笑顔だけは忘れないようにしてた。

 かをるちゃんはどうしていつも笑ってるの、なんてよく聞かれたけれど、それでも私は辛い時ほど笑ってた。

 そうしたら、いつの間にか悲しいことも何もかも、どこかへ飛んでっちゃうような気がしたから。

 施設から出て行く時には、本当はやった、って嬉しかった。

 これで少しは一人の時間がもてる。大勢の中で気疲れすることもなく、やっとゆっくり好きなことができるって思ったんだ。

 でも現実はそうじゃなかった。

 外の世界に出て、幸せな他の子たちを見て、私は予想外に寂しくなった。

 あの賑やかな時間は、実はすごく大切で――実はすごく脆いものだったんだって気づいた。

 作り物の『家族』、作り物の『兄弟』、全ては皆の努力で作られてた、ガラス細工みたいなもの。こうして今、ここにいる私は、家族のいない『一人』の自分でしかない。

 それがわかって初めて、私は『孤独』を感じるようになったんだ――。
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