抹茶な風に誘われて。
 天下を取ったように大騒ぎするハナコたちを追い返し、やっと静けさを取り戻した夕暮れ時。

 縁側で休ませていたかをるに点ててやった茶を差し出したら、まだ赤い顔のまま受け取った。

「……あの……」

「何だ」

 もじもじして口を開かないかをるの隣に腰掛けて、わざと顔を覗き込んでやる。

「はっきり言えないなら、三度目のキスでもしてやろうか?」

 冗談半分そう言うと、あわてたかをるが首をぶんぶん振った。

「わっ、私、本当に静さんの彼女になったんですか?」

 勇気を振り絞ったように訊ねられ、面食らう俺。

「――つくづくストレートだな。ああ、そうだ。どうだ、これで安心したか?」

「え、いえ、そんな……あ、はい」

 吹き出した俺を不服そうに見つめていたかをるは、茶を一口飲んで、静かに低木のむくげに顔を向けた。

「――信念」

 突然呟いたら、怪訝そうにかをるが振り向く。

 そのこげ茶色の瞳に笑いながら、俺は続けた。

「むくげの花言葉だよ。繊細な美ってのもあるんだが、見た目はそうでも中身はわりと強そうだからな。そっちのイメージで今日の茶花に選んだ。ついでに言うと茶碗もそれに合わせた色だ。言ったろ? 茶道では、客をもてなすために床の間の掛け軸から、茶花から、何から何まで気を配るもんだって」

「……客」

 呟き返したかをるの頭を突付いて、笑う。

「お前のこと」

 単なる茶事の客という意味だけではない、俺の言葉をどう受け取ったのか、かをるはただ嬉しそうに笑顔になる。

 今度こそ自分の言葉で引き出せた、やわらかい笑顔だった。

「――まいったな」

 小さくもらした声はかをるには届かなかったようで、静かに並んだまま時は過ぎていく。

 夏の夕暮れ、まだ蒸し暑さの残る庭で、俺は自分の隣で笑う『客』をこうして受け入れた。

 ――俺の心に訪れた、無意識で強力な『客』のことを。

 気づけばもう始まっている、それが恋、か。

 自分自身で少し前に考えた言葉を思い出し、俺はくすぐったい気持ちで残りの茶を飲み干した。

 ほんのり苦い、抹茶の味がじわりと広がる。



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