抹茶な風に誘われて。
「かをるちゃん、もう上がっていいわよ」

 売れたお花のバケツを洗っていた私に葉子さんが声をかけた。

 そう言ってくれても、今日は結構忙しかったからまだお店の前の鉢植え類もそのままで、店内のお花の水替え作業も残っていたから、バケツを片付けた足で葉子さんのそばに戻る。

「私、片付けと残りの水替えまではやっちゃいますから」

 鉢植えを店の中に移し出した私に、葉子さんが「あら、でも悪いわ。もう八時半過ぎてるし、明後日から新学期でしょう? 色々準備するものとかあるんじゃないの?」と心配そうに続ける。

「もう宿題とかは済ませてありますから、大丈夫です。おじさん配達からまだ帰らないんですよね? 葉子さん一人じゃ大変ですもの」

 気にしないでください、と笑ったら、葉子さんはいつものように眉毛を八の字にして嬉しそうな顔をした。

 折れた花や枯れた葉をまとめて袋に入れていく。

 売り物のお花は常に綺麗でないといけないから、こういう地道な作業が花屋では欠かせないんだけど、いつも気になってしまって、作業の手が途中で止まってしまう。

 袋の中で俯いているミニひまわりがしょぼんとして見えて、どうしてもかわいそうに思えたのだ。

「いいわよ、また持って行ってくれても。いつもこれじゃ、かをるちゃんの部屋はそのうちお花に占領されちゃうけどね」

 苦笑する葉子さんの瞳は優しくて、私はご好意に甘えることにした。

 自宅になっている店舗の二階に今はお花を置いていないけど、葉子さんも昔はよく売れ残ったり、売り物にならなくなった花を持って帰っては、おじさんに足の踏み場がないって笑われていたそうだ。

 結局お店を閉めたのは九時半を過ぎていて、お風呂を終えて自室に戻ったのは十時前だった。

 勉強机の端に仲間入りしたミニひまわりにこつんと指で触ってから、目に付いた水色のノートを取り出した。
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