抹茶な風に誘われて。
 それから二日、携帯電話には何度も着信があった。

 一条静、と画面に表示が出ても、普段なら嬉しくてたまらないのに、なぜかとることができなかった。

 混乱したまま、電話を無視している自分が嫌で、ついには電源をオフにした。

 香織さんが一度お店にくれた電話で、静さんは仕事で忙しいって話も聞いて、お店に来ることもないのがわかっていたから。

「私……ひどいこと、してるよね」

 ふと呟いてしまった言葉は、近くでアレンジを作っていた葉子さんに聞こえてしまったようだった。

 顔を上げた葉子さんが、どうしたの、と瞳で訊ねる。

「ちょっと――色々あって、あの……静さんからの電話、出ないままにしてしまって」

 水揚げ作業をしていた手をエプロンで拭いて、ばつの悪い顔で答える私。

 カラフルで明るい花たちとは正反対の、今の自分の気持ちは、とてもじゃないけど説明できなかった。

 それきり黙った私をしばらく見つめていた葉子さんは、ふっと微笑んで手を止めた。

「まあ、付き合うってのは色々ややこしいこともあるからねえ。かをるちゃんがそこまでしちゃうってのは、きっとそれ相応の事情があるんだろうし――そこまで自分を責めなくてもいいと思うわよ?」

 優しい笑顔に、つい顔を上げる。

 丸いメガネを押し上げながら、葉子さんはいたずらっぽく驚いてみせた。

「あらっ、意外そうな顔ね。あたしだって年相応のアドバイスする時だってあるのよ~? いつもはしゃいでるミーハーなおばさんだと思ってたでしょ」

「そ、そんなこと……」

「いいのいいの。自覚あるから。でも、彼が本気で想ってくれてることがわかったら……そこが仲直りのタイミングよ。あんまり意地張りすぎちゃうと、こじれちゃうからね」

 それだけ言うと、また黙々と注文のメモを見ながらアレンジを作っていく葉子さん。

 その瞳はもうプロのものに戻っていて、私も自分の仕事に集中することにした。
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