抹茶な風に誘われて。
「これね、同窓会で会った子が開いてる店のケーキ。よかったら葉子さんと食べて?」

「でも――」

「私はそこでも頂いたからいいの。それに、ね、洋菓子とか持って帰ったら主人が不機嫌になるから」

 こそっと耳打ちされて、千手堂のおじさんが見た目以上に頑固だってことを思い出す。

 おばさんがひそかにケーキも大好きなことを知っ
ていたから、私は受け取った紙袋を上に掲げて、おばさんを招きいれた。

 お店が少し落ち着いていたから、葉子さんと三人でお茶の時間にしようと提案したのだ。

「やっぱりおいしいわあ」と生クリームを嬉しそうに口に運ぶ千手堂のおばさんが可愛らしく見えて、つい笑ってしまう。

「また今度ケーキ焼いたらこっそりおすそわけしますから、おじさんのいない時間に食べてくださいね」

 共犯な私がそう言ったら、にこにこしながらおばさんは承諾する。

「かをるちゃんのケーキ、おいしいものねえ。お料理だけじゃなくて、お菓子もおいしく作れるなんて、将来いいお嫁さんになるわあ。うちの息子がまだ売れてなかったら、絶対かをるちゃんに来てもらったのに」

 冗談めかして言うおばさんに、葉子さんが手を振って笑った。

「だめよ、かをるちゃんは今初恋まっさかりなんだから。ねっ?」

「そうそう、一条さんの誕生日にケーキ焼いたんでしょう? おいしいって言ってた?」

 葉子さんを通して筒抜けになってしまった話を持ち出されて、ケーキを喉につまらせそうになる。

 ゴホッ、と咳き込んだ私の背をあわててさすって、葉子さんが「しっ」とおばさんに注意した。

「それ禁句! あの人、洋菓子はだめなんですって。それ知らなくて持って行っちゃったって、かをるちゃんしばらく落ち込んでたんだから――」

 まだ夏休み中だった八月二十二日、静さんの誕生日の苦い記憶が蘇ってきて、私はつい俯いてしまう。
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