抹茶な風に誘われて。
 午前十時を過ぎて、他校の生徒や保護者、その他のお客さんたちでおばけ屋敷は賑わいはじめた。

 私の役目は、ハリボテとはいえ墓石の並んだ墓地で待ち受けて、驚かせるというもの。

 二クラスの教室を外の通路でつなげて作ってあるから、思ったよりも広いし、他のおばけ役の子とも離れているのだ。

 赤や緑のセロハンが巻かれた懐中電灯の明かりが、結構リアルに見せてくれて、いくらおばけ役とはいっても一人でいるのは気持ちが悪かった。

 それでも時折上がる悲鳴で、みんなが頑張って脅かしているんだということがわかって、私も我慢する。

 ただ薄暗い中で姿を見せるだけで怖がってくれる人もいれば、中には話しかけてきたり、笑ってくれたりする人もいた。

 でも特に問題なくお昼休みの交替時間を迎えようとしていた、十二時前。

 今まで二人や三人といったグループのお客さんばかりだったのが、一人だけ男の人が歩いてくるのが見えた。

 大体は薄暗い中だから、周囲をきょろきょろしたり、注意深くそうっと歩いてきたりする人がほとんどなのに、その人は俯いたまままっすぐ私のいる墓地のほうへやってくる。 

 おばけ屋敷はこの墓地で一応終わりだから、もう何もないと思って出口へまっすぐ進んでいるのだろうか。

 そう思った私の予想とは裏腹に、その人が顔を上げた。

 よくは見えないものの、墓石の後ろから姿を見せて、驚かせようとした私は、突然手首をつかまれて逆に息を呑む。

「かをるちゃんだ……や、やっといたっ……か、かをるちゃんっ!」

 荒い息と共にそう叫んだ男の人が、いきなり私を抱き寄せようとする。

 急なことに悲鳴さえあげられなくて、それでも抗って体を強張らせたら、そのことに驚いたように、見知らぬ瞳がメガネの中で丸くなった。

「な、なんで――? ぼ、僕だよ。君のこと、い、いつも見守ってる――君だって、いつも優しく笑ってくれただろ? やっと、僕ら二人きりになれたんだよっ! こ、こんなに可愛らしい格好で僕のこと、待っていてくれたんだね……!」

 はあはあと耳元で息をかけられ、ただ本能的に恐ろしくなる。

 逃げようとした途端、笑っていたその人の顔が豹変した。

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