抹茶な風に誘われて。
 車が止まったのは、走り出してから三十分くらい後だった。

 てっきり都心のほうへ行くのかと思ったら、少し外れた裏道をずうっと走って、到着した先は高台の上にある日本家屋だったのだ。

 ただでさえ高級な雰囲気のお家ばかりが立ち並ぶ場所で、一軒だけはずれにある純日本風のお屋敷。

 表札も何もない大きな門扉の前に降り立った静さんに続いて、私も車を降りる。

「あ、あの……食事をするって」

 訊ねかけた私に人差し指で静かに、と合図してから、静さんが備え付けられたインターホンを押す。

「一条だが、女将を頼む」

 短い言葉だけで、相手の人は了承して、しばらくしてから立派な門扉がそっと開いた。

 出てきたのは静さんより少し年上ぐらいの上品な女の人で、薄紫色の着物がよく似合う、綺麗な笑顔を浮かべている。

「まあ、まあ、まあ! ご無沙汰の静さんだと思ったら、なんて可愛らしいお嬢さんをお連れですこと。いつから子猫ちゃんがお好きになったの?」

 高いけれど、耳に心地のいい声でからから笑われて、その細めた瞳に映っている自分の姿にようやく気づいた。

 白い猫の耳、それから頬につけたひげ――それから、白い着物のおばけ姿。

 全てすっかり忘れていて、息を呑んだ私の隣で、静さんが吹き出した。

「せっ、静さん……っ!」

 どうして教えてくれなかったんですか、と泣きそうになりながら詰め寄った私に、静さんは何も答えず笑うだけ。

「あらあら、静さんがこんなに楽しそうに笑うところ、初めて拝見したわ。素敵な方に出会われたのね」

「お、女将さん――」

 両手を頬にあてて、赤くなるばかりの頬と戦っていた私は、思わず振り返る。

 美しく結い上げた髪を楚々と直しながら、女将さんはにっこりと笑い返してくれた。

「とってもよくお似合いですわよ、そのお耳。さあ、どうぞお入りになって。離れをすぐご用意させますわね、静さん」

 完全に心得ているといった様子でお辞儀をして、そのまま奥へ戻っていく女将さん。

 代わりのようにやってきた仲居さんらしき女の人が案内してくれるままに、立派な日本庭園を横切って、離れへと上がりこんだ。
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