抹茶な風に誘われて。
「なんで外したんだ? 結構似合ってるのに」

「静さんの意地悪……もうからかうの、やめてください」

 畳の上に置いた白い猫の耳とひげを指差して、平然と笑う静さんをにらみつける。

 自分でも弱々しい声になってしまったけれど、それでも恨みがましいトーンが滲み出ていたのか、グレーの瞳が楽しそうにきらめく。

「別にからかってなんかいない。本当に似合ってるぞ? 動物は嫌いだが、こんな猫なら飼ってやってもいい」

 そう言って、私の頬に伸ばしてきた手は思ったよりも力強くて、笑いをおさめたまなざしに胸が騒ぎ出した。

「せ、静さん――?」

「でも、猫は気まぐれだから嫌だ。求めた時に温もりをくれないなんて――そっちのほうがよっぽど意地悪だとは思わないか?」

 ふわふわした私の髪に移動した手が、ゆっくりと頭を撫でて、そのまま引き寄せる。

 あっという間に着物の胸におさめられた私は、どきどきして言葉を失った。

 目の前に広がる日本庭園、規則的なししおどしの音以外何も聞こえない、静かな静かな離れの一室。

 抱きしめられていることだけで落ち着かなくて、私は背後の障子を振り返る。

「あっ、あの……誰かが、お食事運んでくるんじゃ」

 こんなところ人に見られたら、とあせる私とは裏腹に、落ち着き払った顔で静さんは微笑んだ。

「ここはプライベートな利用専門の料亭だからな。料理は隣に運ばれる。食べたい時に食べればいい」

「じゃ、じゃあお料理、食べましょう」

「嫌だ」

 あっさりと拒否されて、思わず顔をあげる。その瞬間を待っていたかのように、静さんが唇を重ねた。
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