抹茶な風に誘われて。
「くだらない、と思うでしょうね。一応私も大人の立場からしたら同感だからわかるわ。でも……学生の頃って、そういう狭い世界の中で生きてるわけじゃない? まるであの校舎の中がすべてで、外にも広い世界が広がっているんだってことなんて思いもしない。自分の周りにいる子たちが笑ってくれているかどうかで、天と地ほどの差が生まれてくる。それが今、かをるちゃんたちが生きてる世界なんじゃないかなって思うのよ」

 わかるかしら、と一旦区切った彼女の言葉に適当な相槌を打ちながら、俺はぼんやりと思い出していた。

 あの恐ろしいくらいに広く、静か過ぎた屋敷で過ごした日々のことを。

 自分にだって覚えがないわけではない。

 影で囁かれる悪口、嘲笑、時には表に表れる嫌がらせ――そんなものよりも辛いのは、無視、という名の一番ひどい切り捨て方だった。

 まるでこの世に自分など存在していないかのような態度、瞳に映す価値もないといわんばかりの表情。

 当人たちには深い意味もなかったのだろうが、受けたほうには一生残る傷になる。

 もう自分にとっては遠い過去になっている記憶だが、かをるの気持ちは今、その真っ只中にあるのだ――。

「その様子じゃ、あなたにも気づかせないようにしてたのね、かをるちゃん。どうせ無理して笑って、普通にしていたんでしょう?」

 お見通しだ、と瞳で伝えてくると、藤田葉子は立ち上がり、花入のむくげを覗き込みながら呟く。

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