抹茶な風に誘われて。
「ああ、いらっしゃい。昨日はどうも! わざわざ電話でお褒めの言葉まで頂いちゃって」

「いや――こちらこそ。ちょうど茶花に合う菓子を作ってもらって、風情のある夕去りの茶事になったから……略式だけどね」

 答えた、滑らかな低い声。

 その低音の主に目をやって、私は更に固まることになった。

「かをるちゃん、この方がさっき言ってた常連さんだよ。一条(いちじょう)静(せい)さん。お茶会に夕顔の花を活けるから、同じ生菓子を作れないかって仰ってね……」

「え――」

「あ」

 ぱちぱちと瞬きをする私に、短い音だけもらした彼。

 そのやりとりに秘められた昨日の出来事なんてもちろん知らないおばさんが、気を利かせたように笑って言った。

「一条さん、この子、九条かをるちゃんっていうんですよ。三丁目の、フラワー藤田でバイトしてるの」

 周囲の、「お、条つながり? 親戚かよ! なんつってなー」とか「かをるちゃんもうちのお菓子が大好きでねえ」とかいう声は私の耳を通り過ぎていく。

 そしてただ信じられない思いで見上げていた先のグレーの瞳が、昨日と同じようにちょっと皮肉げな色を宿す。

「へえ……」

 短くそう答えてから、彼――『一条静』は微笑んだのだ。

 美しいとさえ思えるほどの、鮮やかな表情で。

「よろしく、かをるちゃん」

 びっくりするぐらいあっさりと、まるで何事もなかったかのように。

 
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