抹茶な風に誘われて。
「変わってないわね、この商売と相反したその瞳……服従しているかのように見せかけておいて、爪も牙も隠しもしない。わかりやすいほどの反骨精神――あたし、あんたのそんなところにたまらなく惹かれてたわ。生憎、今まで唯一あたしの誘いを断った相手であるわけだけど」

 喉の奥でくつくつと笑う声、そして骨ばった指を飾る真っ赤な爪――変わっていないのは、彼女のほうだと思いはしたが、口にするのはやめておいた。

 五十はとうに超えているだろう実年齢など微塵も感じさせぬ細身の体、振る舞い、態度。

 その全てが彼女が築き上げてきた財産と人脈に裏付けられたものなのだろう。

 いや、それとも生まれ持った天性のものなのか――。

 銀色に染めた波打つ髪を軽く肩に流して、微笑んだ彼女が俺を見据える。

 一瞬だけ見えた女の色などすぐに隠して、次に見せた瞳はプロフェッショナルなものに変わっていた。

「で、わざわざ見たくもないはずのあたしの顔を見に来たのは、一体どういう用件かしら。これでも色々と忙しい身なんでね、手っ取り早く聞かせてちょうだい」

 そう言って彼女がもたれたデスクには、言葉どおり山積みの書類やファイル。

 その端に置かれたワイングラスとチーズの皿を見逃さずに、俺は微笑んだ。

「見たくもないだなんてとんでもない、五月(さつき)さん。こうしてまた美しいあなたに会えるなんて夢のようだ――こんな風に言えばご満足かな? 一人で夜景を片手に乾杯している、寂しい歌舞伎町の女王様」

 皮肉も何も込めたつもりなどないが、久々に本名を呼んだ俺に嫌そうな顔をして、ワイングラスを乱暴に掴む。

 そばに置いてあった赤ワインをつぎ足した後、差し出してきた。
< 183 / 360 >

この作品をシェア

pagetop