抹茶な風に誘われて。
「葉子さん、ですね」

「一応口止めされていたから、言わなかったがな。それに――こういうことは本人同士の問題だと思ったから、見守るだけに留めていた」

 少なくとも、今朝までは――そう続く思考はまだ明かさず、ベンチに座ったかをるの隣に腰を下ろす。

 一人で堪えていたはずが、俺にまで気づかれていたと知って混乱しているのか、その瞳はまだ逸らされたままだった。

 青く晴れ渡った空高くに、一羽の鳥が飛んでいく。

 川を渡っていった鳥が姿を消す頃になってようやく、ぽつりぽつりとかをるが話を始めた。

 最初はみんなすぐにわかってくれると思ったこと。何度も事情を説明しようとしたこと。

 けれど、予想外に事態はどんどん深刻になって、今では教室内に自分の居場所がないような気がすることまで――。

「どうせあの優月とかいう女が、あることないこと吹き込んでいるんだろうさ」

 苛立ちを表には出さずに呟くと、かをるはためらいながら、両手を組んでは離し、首を縦に振った。

「優月ちゃんには申し訳ないことしたなって、わかってるんです。謝ったところで簡単に許してもらえないことだって――だから、せめて咲ちゃんには本当のことをわかってほしかった。でも、電話をしても出てくれないし、お家に行っても居留守を使われるし、学校では優月ちゃんがずっと一緒にいて、話もさせてもらえなくて……」

 教師の前では普通に振舞い、巧みに周囲の人間に気づかれない方法でいたぶる。

 そんなやり方は自分にも覚えがあったし、どうせ時代が多少違おうが、いじめるような人間には共通している思考だろうと予想がついた。

 おおかた、この少女には正当防衛などという考えさえ浮かばないのだろうし、もとより純粋そのもののかをると、策を巡らせるタイプの優月では公平な勝負になどなるはずがないのだ。
< 189 / 360 >

この作品をシェア

pagetop