抹茶な風に誘われて。
 全ての準備が整った、金曜日の午後。

 俺は一番気の抜ける男と一緒に、いつもの和菓子屋にいた。

「えっとおー、じゃあこれと、それと、あれとねえ、あっ、それからそこの新作も! なになに? 京の雅を表現した最高級上生菓子、秋の舞? かーっ、うまそう! これ頼むねーおじさん!」

 勝手に注文する駄目元の茶髪頭、そのてっぺんに扇子を振り下ろすと「あでーっ! あにすんだよっ、静!」と涙目が振り返った。

「誰がそんなに買ってやると言った。お前が最高級を頼むなんて、百年早いんだよ。ちゃんとした茶を点てられるようになってから自分で買え、この馬鹿者」

「ひっでー! お前が何でも好きなもの買ってやるって言ったくせに! 約束破るなんて大人の風上にも置けない奴め!」

「うるさい。常識の範囲内というものがあるだろうが。お前にはこの秋の栗きんとんセットで十分だ」

 カウンターの向こうで笑いを堪える女将に三つ一箱のセットを注文すると、子供並みに地団太を踏みながら駄目元が吼えた。

「くっそー嘘つき野郎! 意地悪静! この陰険悪魔―!!」

「お褒めいただきどうも。別に食べたくないならいいんだぞ? 返品しても。それともそんなに雅が味わいたいなら、特別に二時間ぶっ通しで稽古でもつけてやろうか?」

 正座が苦手という弱点をつく俺に、頬をふくらませた万年最下位ホストは渋々あきらめたらしい。

 切り替えの早い長所を生かして、「うーん、栗きんとんもうまいもんな。タダで食えるんだし、多少は妥協も必要か」なんて背後で呟いている。

 お前は一生妥協の人生だろうよ、とまでは言わなかったのは、せめてものお情けと、今回の働きへの対価だ。

「んで? 今夜だろ? 決行すんの。まーうちの店の二番手用意しといたからさ、まず間違いないよ」

 へへー、と褒められるのを待っている犬顔を、「実際はほとんどハナコの手柄だろうが。あちこちの人脈から指名客増やしてやるって誘ったんだからな」とあっさり鼻で笑ってやる。

 もぐもぐと店先で早速口に放り込まれた栗きんとんも、これでは浮かばれないだろうなどと思いながら。

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