抹茶な風に誘われて。
「一条様――大変ご無沙汰しております」

 支配人があわてて立ち上がるのを制して、人差し指を唇に当てる。

 非常階段の踊り場で、夜の街を見下ろしていた俺の耳に、つながったままの携帯電話から叫び声が聞こえた。

『ちょっ……ちょっとあんたら、何すんのよ!』

 確かに優月の声が、恐怖と戸惑いの感情を伝えてくる。

 待ちなさいよ、薄情者――そう叫ぶ言葉で、手筈通り他の女たちが逃がされたのもわかった。

『やっ、やめてよ――!』

 とりまきと併せて三人のホストたちに囲まれ、怯えきった優月の顔が目に浮かぶ。

 ――といってもまだ顔の肝心なパーツは曖昧で、思い出せないままだったのだが。

『ガキが調子に乗って夜遊びなんかしてるからこうなるんだよ! ここは監視カメラなんてねーし、もう呼ばない限り店員も来ねえ。そのくせ防音だけはしっかりしてるからな――全員で楽しんでもまだ時間があまりそうだぜ』

 迫真の演技で嫌らしい笑い声を上げる男たち。人選だけは駄目元に任せて正解だったかもしれない、なんて考える俺。

 ――かをるが知ったら、また泣くかな。

 違う意味で気が咎めた俺は、泣き叫ぶ優月の声を合図に非常階段の扉を開けた。

 すぐ見えた問題の部屋――真っ黒なフィルムで中も見えないドアを静かに開け放つ。

「たっ、助けて……っ! せ、静――先生!?」

 スカートの裾も少し捲り上げられた哀れな格好で、あわてて体を起こした女。

 その化粧が崩れた瞳を見てからやっと、はっきりと顔を思い出した。
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