抹茶な風に誘われて。
 敬老の日やらお彼岸やらと、色々花屋にとって多忙なイベントが続く九月後半。

 かをると会う時間は減ったものの、今度は本当に何事もないらしいことが笑顔から垣間見えたから、俺は仕事に集中していた。

 やむを得ず足を踏み入れたホストの世界からようやく抜け出して、大八木の婆さんから買ったこの平屋で翻訳業を請け負い始めてから二年。

 もともと接客など好きではなかったから、静かに自分のペースで仕事ができることに満足していたはずが――どうしてこうも俺の周りにはうるさい輩が集うのだろうか。

「いやーそれにしても鮮やかなお手並みだったよなあ、さっすが陰険根暗、策士の静にかかれば、ちょっとやんちゃな女子高生くらい軽いもんだね!」

「やーね、そんな呼び名。それじゃあまるで静ちゃんが最低人間みたいじゃないの! 違うわよね? 静ちゃん! ただあれよ、肉食獣の本領発揮っていうか――単なるドSなだけよお!」

「まあ、もともとこいつに勝負挑むほうが無謀だってことよ。さすがに女子高生一人相手にやることが大人げない気はするけどさあ、それを言っちゃーおしまいだもの。ねっ、静?」

 セルフサービスで勝手に抹茶まで点てて、三人で和菓子をつつきながら繰り広げられる会話。

 無視無視、と自分の中で唱えるのは、あくまで同じレベルまで落ちないためだ。

 千手堂の上品な生菓子の味にのみ神経を集中させようとする俺の努力を台無しにしたのは、極めつけとばかりに起こった笑い声だった。

「いやあ、でもいじめが突然終わったのが静の働きによるもんだって知ったら、かをるちゃんどう思うのかな? 感動? なんつって、やっぱ引くよなー」

「そりゃそうよー! 素敵な静さまが、あんな極悪非道な手段で脅しかけてたなんて知ったら、初恋終わっちゃうかも」

「だめよだめ! 絶対かをるちゃんにはばらさないでー! ようやく静ちゃんに訪れた本気の春なんだからー! そんなことになったら、ハナコ泣いちゃう!」

 ふるふる、と震える俺の拳に気づかず、どっと笑いあう三人。

 皿に乗った自分の生菓子は食べ終えてから、駄目元の座る座布団を引き抜いた。
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