抹茶な風に誘われて。
 蝉の声が遠く響いている。

 自分の背丈よりも大きなひまわりが、風に重そうな頭を揺らしている。

『ねえ、かをるちゃん。おじさんがもーっと大金持ちになったら、いつか一緒に旅行に行こうか』

 小さな手の平を包み込んでくれるのは、硬くてしっかりした大きな手。

 両親の顔を知らない私にとって、いつしかその笑顔はお父さんのものみたいに思えていた。

 みんなのお母さん役である先生たちとは違って、自分だけの『お父さん』――馬鹿みたいに空想して、わくわくして頷いた。

『旅行って、どこに行くの? かをる、ディズニーランドに行きたい!』

 瞳を輝かせて答えたら、にこにこしながらおじさんが首を縦に振る。

『そうか、じゃあいつか――本場のほうに行こう。そのためにはもっとおじさんが頑張ってお仕事しないといけないなあ』

 優しい優しい面影は、ぎらぎら照りつける太陽の逆光になって見えなくなる。

 暗い影になったその人に、一生懸命追いつこうと走る私。

 追いついて、伸ばした手を取ったのは、浅黒い手の平だった。

『かをる……』

 聞きなれた囁きは、幼い私にとっては見知らぬもので、首を傾げて立ち止まっている。

 迷子になったような、心細い顔で周囲のひまわりを見回して――何か懐かしいものが見えた気がしたところで、目を覚ました。



「夢……」

 確かめるように口にして、まるで今の自分の心が集約されたような夢だったことに苦笑した。

 パジャマのまま、勉強机に置きっぱなしにしていた白い封筒を手に取る。

 しばらくためらった後、もう一度中の便箋を抜き取った。

 なぜか怖くて、最初の部分しか読んでいなかったものだった。

 かをるちゃんへ――そう、流れるような筆跡の文字で、手紙は始まっていた。

 差し出し主の欄には、白井啓三、としっかり書き記されている。

 それがあの幼い日、施設から自分を救い出してくれると信じて疑わなかった『おじさん』の名前であることは、ちゃんと覚えていた。

 フロリダ、USAと書かれた住所をもう一度見て、不思議な感慨に包まれる。

 あの日、ひまわり畑で誓ってくれた約束を、おじさんは覚えているのだろうか。
< 235 / 360 >

この作品をシェア

pagetop