抹茶な風に誘われて。
 決意したのはあの時だったのかもしれない。

 生まれた時から見向きもせずに放っておいて、いざ自分の跡継ぎがいなくなると怯えだしてから突然呼び寄せた自分勝手な男。

 記憶は鮮やかでなくとも、優しかったイギリスの風景は覚えている。母の好きな、花にあふれた町並みも。

 連れて行かれた大きすぎる屋敷は全く異なる冷たい空気が流れていて、俺は何度もイギリスへ帰りたがったことを覚えている。

 靴を脱ぎ、椅子でなく、畳と座布団で座らされ、フォークではなく、箸をもたされ、無理やり着物を着せられた。

 肌の色が違う、目の色が違うと近所でも、通わせられた学校でも、いつも後ろ指を差され、『一条』の家にふさわしくないと罵られた。

 妾の子――隠すこともなくそう呼ばれたこともある。

 俺に仕えるべき、屋敷の住人にすら。

 慕おうとした父は、ただ冷たく突き放し、悔しければ完璧を目指せとだけ言った。

 それでも俺があそこにいたのは、ただ母を泣かせたくない一心だった。

 自分が何を言われてもかまわない。

 けれど、周囲の心無い中傷が、あの優しい瞳を曇らせるのが嫌でたまらなかったから、俺は歯を食いしばって強いられた教育に耐えた。

 日本の文化、風習、食事の作法、華道に武道、それから茶道の稽古にも。

 あの日までは、それでも必死で父の期待に応えようと努力していたのだ。

 今思えば――ただ父親の笑顔が、『よくやった』という一言が欲しかった。

 愛されているのだと、そう思いたかった。

 それが母の葬儀の日に崩壊したのだ。
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