抹茶な風に誘われて。
「……やっ……いやあっ!」

 気づけば、思いきり目の前の体を押しのけていた。

 重みからも痛みからも解放されて、一瞬呆然とした私の瞳に映ったのは、今まで見たことない静さんの顔だった。

いつも余裕を失わなかったはずの、大好きなグレーの瞳が――まるで知らない人のもののように見えたのだ。

 怖い、と思った自分が嫌で、無我夢中で衣服を整えて、玄関から飛び出す。

 震える足を必死に繰り出して、ただ走る。

 いつしかスピードが落ち、放心状態で歩き始めたその時になっても、静さんは追ってこなかった。

 

 *


 ――どうして。

 何度も頭の中を駆け巡る記憶。その度に震える、体。

 触れられるのが怖い、だなんて考えたことなかったのに。

 いつもドキドキして、不安で、緊張して――関係が進んでいくのを無意識に恐れていた、そんな気持ちはあった。

 でも静さんだから、と安心していた。

 私が受け入れられるまで待ってくれると約束してくれたあの微笑は、嘘だったの……?

 あれから三日が経った。

 どうしたらいいかわからなくて、連絡できずにいる私を知っているのかどうなのか、静さんからも何の連絡もなかった。

 ――どうしたらいいんだろう。

 不安が違うものに変わったのは、連絡がなくなって四日目だった。

 急すぎて、心の準備ができていなかったとはいっても、あんな風に拒絶してしまったのは私。

 見たことがないと感じた表情は、なぜか途方にくれた子供みたいにも見えた気がして――。
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