抹茶な風に誘われて。
 俺にとって全てだった母が死んだというのに――あの男は涙一つも見せなかった。

 許せなくて許せなくて、俺は決めた。

 絶対に復讐してやると。

 俺に注いだ金も時間も、何かもを無駄にしたとあの男に思い知らせてやりたかった。

 絶望を味わわせてやりたかったのだ。

 だから家を出た。

 あの男の望んだ完璧な大学に、完璧な成績で合格したあの日に。

 財産も何もいらない。

 それが俺の答えなのだと見せ付けたあの日、あの男はどんな顔をしたのだろうか。

 自分に服従していると信じて疑わなかった息子に裏切られて――悔し涙の一つでも、流しただろうか。

 あれからもう十二年も経つというのに、いまだにそんなことを思い浮かべる自分に苦笑する。

 遠くで船の汽笛が鳴り、胸に浮かんでいた様々な思いはぼやけて、海に消えていく。

 ゆらゆらと流れ続ける赤い薔薇を、海面近くに残った太陽が照らしている。

 ――やはり母には夕顔より、真っ赤な薔薇が似合う。 

「Rest in peace――mother」

 そっと呟いた言葉は、母に届いたのかどうか……願いはむしろ、自分に向けたもののような気がした。
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