抹茶な風に誘われて。
「それで、かをるは今どこにいる?」

「それが携帯にかけても出ないんだって。花屋のおばちゃんに聞いても行き先は聞いてないらしい。もしかしてアメリカに家出とかだったらどうするんだよ、静!」

 ハンドルを握りながら、黙ってその可能性を打ち消す。

 あの真面目なかをるが、周囲の人間に何も言わず家出などするはずがない。学校も、アルバイトも放り出していきなり姿を消したりするはずが――。

「かをるちゃんに限ってそんな――って思いたいけど、ああいう生真面目な子に限って、切羽詰ったら何するかわからないからねえ。特にそれが、今までずっと知りたかった情報のため、だったりすれば」

 仕事はいいのか、後部座席にのんびり腰掛けていたハナコが呟く。

 ミラー越しに目線を合わせると、爪をいじっていた手を止めて、にやりと笑った。

「――お前、何を知ってる?」

「さあねえ。あたしは単なる庶民なオカマですもの。ただ、ちょっとした商売仲間から聞きかじった情報くらいしか、知ってることはないわね」

「能書きはいい。知ってることを全部言え」

 あせって飛び出したから、雪駄のままでアクセルを踏むのはやりにくい。

 滑ってくる足を踏ん張ったら、急にスピードが出てハナコも駄目元もがくんと揺れた。

「あら怖い! わかったわよお、珍しく静ちゃんが後手に回ってるから悔しくてからかってやっただけじゃないのよっ。東京駅に向かいなさい。そこから新幹線に乗るの。渋滞を考えれば、そっちのほうが確実でしょ」

「新幹線?」

「そう、かをるちゃんとあの小猿の行き先はアメリカなんかじゃないわ。京都よ。静ちゃんの大嫌いな、故郷のね――」

 思いもしない単語に、さすがの俺も言葉を失う。

 最初からいきなりアメリカへ向かったとは考えられないだろうとは思っていたが、まさか――。

 脳裏に蘇るのは、あの広くて静か過ぎる屋敷。母の冷たい死に顔。そして、背を向けた父と呼ぶべき唯一の肉親。

 二度と足を踏み入れるまいと誓ったはずの地が、俺を手招きしているような気がした。
 
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