抹茶な風に誘われて。
 奥平――地名と屋敷の主人の名前を告げただけで、運転手はこともなく正確な住所へと俺を運んだ。

 付近の山一体とこの地を所有する、昔ながらの大地主。

 それだけではない経済的な成功も収めた家柄は、現在でも変わらぬ栄華を極めているらしい。

 俺が京都を出てから、捜索の手がかからなかったわけではない。

 何度となく訪れる父の部下に、帰る意思のないことを告げ、追い返した。

 それも最初の数ヶ月に限られ、俺がホストという職を選んだことで捜索は打ち消されたようだった。

 全くあの厳格な男らしい判断だと苦笑した。

 望むところだと、自らも完全に背を向けたのだ。

 一条家と、父のその後に対する情報は何かも遮断した。

 それでも風の噂で耳に入ったのは、跡取りをなくした父が養子をとるつもりでいるとか、そうでないとか――。

「着きましたよ、お客さん」

 運転手の声で物思いから呼び戻されて、タクシーから降りる。

 俺の容貌に遠慮なく投げかけられていた視線は、純粋な好奇から来るもののようだった。

 一条の家を、内部の事情を知る者はそうはいかないはずだから。

 着いたとはいっても、屋敷の一番外側の門に、というだけだ。

 江戸時代から続く名家の屋敷は、やたらと広く、無駄に重厚な造りになっている。

 丁寧に整えられた松の枝が張り出す門の下で、不思議なほどに懐かしい気持ちに襲われた。

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