抹茶な風に誘われて。
「帰ってきた、わけじゃないわよね? ああ、でもすごく嬉しい……!」

 駆け寄ってきた綾子が、ゆるやかなウエーブヘアをなびかせて目前に迫る。

 背中の中ほどまであったそれは、今は肩までの長さになっている。

 化粧の仕方も、服装のセンスも洗練されている。

 自然と重ねた昔の面影は、懐かしい記憶を呼び起こした。

「ちょっと用事でな。すぐに帰るつもりだが」

 頭を振ってセピア色の思い出を打ち消すと、端的に告げる。

 懐かしいのは本音であっても、過去は過去であることに変わりない。

 あえて何も語らず答えた俺に、綾子は少し寂しそうな瞳を返した。

「――そうなの。でもせっかく会えたんだから、少しでも話さない? そうだ、あの喫茶店はどう? まだ変わらずに同じ場所でやってるのよ。もともとひっそりした店だったから……」

 自然な動作で軽く腕を取って微笑みかける。

 重ねた年齢の割には素直な感情表現は、彼女らしいと苦笑する。

「悪いが、俺は――」

 答えかけた声が、喉の奥で止まる。

 ふと吹いてきた風に目をやった俺の瞳に、やわらかく揺れる茶色の髪が映ったから――。

「かをる……?」

 呼んだのは、まるで幻でも見ているかのような、不思議な危うさを感じたせいだった。

 見開いたままのこげ茶色の瞳。透明な白い肌。ふわふわと風をはらむ髪、華奢で小柄な体。

 全てがいつも見ていたはずの少女であるのに、なぜか常の明るさが感じられなかった。
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