抹茶な風に誘われて。
「静、さん……やっぱり」

 小さな声が風に乗って届く。

 その意味を理解した時には既に遅く、翻るかをるのワンピースの裾が、スローモーションのように見えた。

「おい、かをる! 待て――」

 呼んだ俺の声が聞こえぬはずはないのに、かをるはそのまま駆けて行く。

 その場から一刻も早く立ち去りたいと願う心が、透けて見えるような背中。

「静? どういう……」

 困惑がにじむ綾子の声も、背後に建つ屋敷も、どうでもよかった。

 ただ、目の前の背中を追って、細い手首を掴んで、自分の元に引き戻す。

 再び彼女を腕に抱くことさえできたら、何もかもがどうでもいい。

 突如として沸いた激情に戸惑う間もなく、かをるに追いつこうとした、次の瞬間。

 角から現れた人影に息を呑み、かをるが立ち止まる。

 優しく手を伸ばした男をしばらく見ていた少女は、一瞬だけ振り返り――俺の視線を振り切るように背を向け、停まっていたタクシーに乗り込んでしまったのだ。

「――かをる!」

 叫んだ名前は窓ガラスに阻まれ、俯いた顔は上がることはなかった。

 走り去る直前にやりと俺を見た男、白井アキラの瞳だけがいつまでも挑戦的にぎらついているような気がした。
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