抹茶な風に誘われて。
「あなたは九条かをるさんでしょう?」

 突然訊ねられて、戸惑いながらも頷く。

「あの、どうして……?」

 疑問をやっと口にした私にニッコリと笑って、綾子さんはまたコーヒーをひと口飲む。

 静さんよりも二つ年上だとは思えない、なめらかな肌が夕日に映えている。

「そうね。その理由を話すには、話が少し長くなるんだけれどいいかしら。アルバイトはお休みのようだから、大丈夫かしらね」

 どうしてそこまで、と驚いた私に頷くと、ブランドもののバッグから一枚の名刺を取り出してテーブルの上に置く。

 どうぞ、といわんばかりに微笑む綾子さんの前で、ためらいながら手にした名刺に書かれていたのは、桂木探偵事務所、の文字。

 見覚えも心当たりもない名前に首を傾げていたら、ピンクパールのマニキュアを塗った爪が、少し下の方を差した。

「特別助手、桂木……綾子」

 読み上げてからやっと顔を上げる。

 満足げに笑った綾子さんが、「ご名答」といたずらっぽく告げた。

「それが今の名前。西園寺は旧姓よ」

「旧姓、ってことは――」

「そう。こう見えても旦那と二歳の娘がいるわ」

「ご主人と、娘さん……」

 呟いた言葉が、心に染み渡っていく。

 幸せそうな笑顔でパスケースから取り出して見せられたものに、今度こそ安堵した。

 彼女によく似た可愛らしい女の子と、静さんとは全くタイプが違うけれど、優しげな面立ちの男性とに囲まれた綾子さんが笑っている写真だった。

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