抹茶な風に誘われて。
「一条家の――」

「そう、静のお父様よ。もうずっと前に会ったきりで、まさか私なんかに連絡があるとは夢にも思わなかったわ。彼からの依頼で、私は静の今を調べていた。だからあの時、静と再会したのは偶然じゃなかったというわけ。彼には適当な嘘をついたけどね。まあ、それも事実ではあったんだけど……」

 最後は私にはよくわからない独り言のようだったけれど、髪をかきあげて笑った綾子さんは謎めいた微笑のまま私を見つめた。

「ここからは、私の仕事の範囲外だから立ち入らないことにするわ。きっと静がなんとかするでしょう。ただ、私は私の目的――依頼を果たすだけ。それも静には内緒よ?」

 いたずらっぽく人差し指を唇に当ててウインクする。

 年齢の割には子供っぽく感じさせる仕草は、そのまま彼女の魅力に思えた。

「一条時定、静のお父様だけど――彼は極秘で静の今を知りたかった。ううん、ずっと前から本当は調べさせていたのね。でも一族の者の手前、公に捜すわけにはいかない。ホストという職に就いてからは、見放したふりをして捜索をやめた。でも実際は違ったの。静がどこで何をしているのか、そして彼が今愛する女性はいるのか。そこのところをどうしても知りたがっておられたわ」

 言葉を区切って、無造作にバッグの中から取り出されたのはA4サイズの書類ファイル。

 そこには、静さん本人だけではなく、家や職場、更にはあの賑やかな友人たち、そして私の姿も映っていた。

 どこから撮られていたのか考えると少し怖いけれど、それがこの道のプロの仕事なのだろう。

 写真だけでなく細かい説明文のついた書類は、上京後に静さんが辿った道のりが詳細に記されていた。

 最初は色々なアルバイトをやったこと。

 そして一番お金が稼げるホストの仕事を選んだこと。

 そこからはどんどん指名客を増やし、あっという間にナンバーワンの地位を得たこと。

 数多くの女性と付き合うものの、彼女たちを商売の道具としてしか見ていなかったこと。

 ホストをやめた後もしばらくお店のプロデュースに回ったりして、夜の世界にいたこと――等々。

 今までぼんやりとしか知らなかった静さんの過去が、まるで文字を通して浮き上がってくるようだった。

 
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