抹茶な風に誘われて。
 簡潔な文章からは知りえない苦労が、きっとたくさんあったに違いない。

 彼が生きてきた軌跡が、今の静さんを作っているのは紛れもない事実なのだ。

「夜の世界から足を洗った後、あの家であなたと出会ってからの彼は――私にも予想外だったわね。調べられる情報は限りがあるけれど、それだけでも十分驚いたわ」

 言って私を見つめる綾子さんの瞳は、そのまま私の手に向けられる。

 そこで初めて指輪を外し忘れていたことに気づいた。

 きらきら光るダイヤの花を、一瞬だけ何かと重ねるように見つめた綾子さんが笑った。

「彼が幸せを手に入れたことは、お父様にも報告したわ。だから、今度は二度目の依頼を果たしに来たの」

「二度目の、依頼……?」

 訊ねた私に、綾子さんがまた謎めいた微笑を覗かせる。

 カウンターの奥でのんびり新聞を読んでいたマスターが、居眠りを始めていた。
 
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