抹茶な風に誘われて。
 ――とにかく虚勢で終わってしまわないように、きちんと静さんと話をしなければいけない。

 あの日、静さんの前から逃げてしまってから、もうほぼ一月もちゃんと向き合っていなかった。

 謝罪も、そして伝えるべき言葉も何も言えないまま、修学旅行に出発することはできないと決意する。

 私の静さんへの気持ちは変わらない。でも――静さんは、変わらず私を抱きしめてくれるだろうか。

 まだ少しだけ残る胸の痛みよりも、会いたいという気持ちのほうが何倍も何十倍も大きいのに。

 静さんから逃げていた私を、許してくれるだろうか。

 既に暦は十一月に入って、カーテンを揺らす風は背筋を縮めてしまう冷気を運んだ。




 いよいよ明日から修学旅行、という日曜の夜。

 ついに心を決めて静さんの番号を押した私は、緊張しながらコール音を聞いていた。

『……もしもし』

 そう長くはない時間の後で出た静さんの低い声。

 耳元に響いたその懐かしいトーンに、私は何も話せなくなった。

『待ってろ、今すぐ行くから――』

 簡潔な指示に何度も頷きながら、あふれる涙を拭った。

 ちょうど家に来ていたのだというハナコさんの車を運転して静さんが迎えに来たのは、午後八時を回った頃。

 通話を終えて十分もかかっていなかったのに、なぜかものすごく長い時間に思えた。

「……久しぶり、っていうべきかな」

 胸に描いていたものより少し苦めの、切なげな微笑を見た途端、またあふれ出した涙はなかなか止まらなくて――運転席から身を乗り出した静さんが、優しく抱きしめてくれた。

 連絡をしなかったことを謝ろうとした私に、「お互い様だ」と優しく返す。

 そのまま運転を続けた静さんが選んだ場所は、以前にもやってきたことのある海だった。

 
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