抹茶な風に誘われて。
 夜風は肌寒いというよりも震えを誘うくらいで、渡されたジャケットを着込む。

 着物のままの静さんが、この上着を必要とするはずはなくて、やっと気づいた。

 私に着せる為に、ちゃんと持ってきてくれたんだということに――。

「本当に、ごめんなさい……」

 もう一度、伝える。

 静さんはただ眉を上げただけで、微笑は変わることはなかった。

 もう一度会って、こう話そう、ああ話そうとあれこれ考えていたはずの言葉は何も思い浮かばず、まるで何事もなかったかのような穏やかな気分に包まれていることが不思議だった。

「謝るのは俺のほうだ。自分を抑えられずに、お前を傷つけた――待つと約束しておいて、守れなかったんだからな。どんな顔で会えばいいのかわからなかった」

 とつとつと返される言葉は、思いのほか不器用なもので、私はつい目を見開いてしまう。

「そんな……私こそ逃げたりしてしまって、静さんを傷つけてしまったんじゃないかって」

 私の返答に、今度は静さんの瞳が瞬いた。

 深い綺麗なグレーが、灯台の光にまぶしげに細められる。

 すぐに苦笑を取り戻した静さんが、軽いため息の後に口を開いた。

「あいかわらずだな、お前は。どれだけお人よしなんだ。普通ここは、もっと強気で怒ったり、責めたりしてもいいところじゃないのか?」

「そ、そうなんですか――?」

 困ってしまった顔は、わかりやすかったらしい。

 ついに静さんの表情からも硬さがとれ、いつものように楽しげに笑ってくれた。
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