抹茶な風に誘われて。
「ほらほら、そこはたじろぐところじゃないぞ。それでも強引にでも会うのが、婚約までした関係なら当然じゃないのか。そうしなかったのは、俺の意気地が足りなかったせいだ――どうせ言うならここまで言ってみろ」

「そ、そんなこと……だって、避けていたのは私で――勝手に誤解したのも私だから」

「また自分を責めてる。じゃあこれは? どうして誤解されるような行動を取ったんだ。自分よりもあんな女に先に会いに行ったのか――っていうのは」

 言われた瞬間、あの時の光景が脳裏に蘇った。

 誤解だったとわかっているはずなのに、それでも鋭く突き刺さった刃に傷ついた記憶は、まだ薄れていなかったのだ。

 必死で堪えようとした涙が流れて、嗚咽がこぼれる。

 俯いた私を、ため息をついた静さんが手首を引いて引き寄せた。

「わかった、もういい。お前に責められようとするのがこんなに難しいなんてな」

 一瞬笑った後、思いきり抱きしめられた。

 息をするのも苦しいくらいに力を込めて、腕の中に閉じ込められる。

 耳元で響いた静さんの謝罪は、するりと心に入ってきた。

「……悪かった。本当にすまないと思ってる。一応ちゃんと言っておくが、綾子とは何でもない。俺の中で、完全に過去でしかない女だ。だから……」

 抱きしめられたまま、ゆっくりと首を振る。

 着物に染み付いた懐かしい抹茶の香りに、全てのわだかまりは消えていく――。

 ちゃぽん、と防波堤に波が打ち寄せる音が聞こえて。

 言葉の代わりに静さんが唇を重ねてくれた。
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