抹茶な風に誘われて。
「――何、綾子が探偵事務所を?」

 それだけは本当に意外だったらしく、静さんは珍しく驚いた顔で聞き返した。

 途中で立ち寄ったサービスエリアで暖かいココアを買ってもらって、車内で飲みながらの話だった。

「はい。やっぱりご存知なかった……ですよね?」

「ああ。それはさすがに予想がつかなかったな。道理で――どこか落ち着いてるなと思ったんだ」

 再会した時の綾子さんの態度を言っているのだろう。

 少し眉を寄せて、静さんが自分のコーヒーを一口飲んだ。

 なぜか抹茶以外のものを飲んでいる静さんは不思議で、見つめてしまった私は目が合ってまた俯く。

「あ、あの……それで、綾子さんのことなんですけど」

 どこから話せばいいのかわからないけれど、やはり黙っていていい話じゃないから。

 迷った挙句、そのままを打ち明けることにした。

 静さんの経歴や現在の状況を綾子さんが調べていたこと。それを依頼した人物の名前も。

「……一条、時定」

 その名を口にした途端、グレーの瞳が剣呑な光を浮かべた。

 どこか遠いところを見るように前方に向けられたまま、しばらく動かない。

 アキラくんや綾子さんにも聞かされた通り、お父さんとうまく行っていないというのは本当らしい。

 ずっと気にはなりながらも、直接訊ねることができなかった疑問は、皮肉にも他人の口から答えを与えられてしまったのだった。

 以前にもホストを選んだのは押し付けられた将来から逃げるためだと言っていた静さん。

 いつも穏やかで、余裕を失わない彼の中で消えないわだかまりは、やはり過去のことなのだろうか――。
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