抹茶な風に誘われて。
「あ、あの……」

「お前が気にすることは何もない。さあ、帰ろう」

 表情を和らげて微笑を向けられて、私はためらう。

 まだ話さなくてはいけないことが残っているのだ。

 コーヒーをホルダーに置いて、ハンドルを握ろうとした静さんをもう一度呼んだ。

「あの、静さん。一度、お父様と会ってみることはできませんか?」

「――何だ、突然。言っただろう、お前が気を遣う必要は……」

「違うんです、あの、それだけじゃなくて――お父様が会いたがっていらっしゃるって、綾子さんが」

 今度こそ愕然とした様子で、静さんが唇を開く。

 けれど何を言おうとしたわけでもないのか、かすかに首を振って笑みを浮かべた。

「まさか、そんなはずがない。十年以上も会っていないのに、今更……」

「今だから、会いたいって仰っていると思うんです。綾子さんに聞きましたけど、一条グループの跡継ぎはもう別の方に決まっていて、お父様も今は会長職に就いて補佐に回っていらっしゃるとか」

「だったら尚更だ。どうして俺に会う必要がある? 単なる気まぐれか、それとも一端の後悔にでもとらわれたっていうのか? 年老いたからと言って、あの厳格な男がまさか俺に頭を下げるとでも――? ああ、そうか。年老いたからこそ、一族のはみ出し者が許せなくなったのか。直接会って、もう一度縁でも切るつもりか」

 冷静だった静さんの顔が、あきらかな怒りにゆがんでいく。初めて見た表情に戸惑いながらも、それでも私は口をつぐむわけにいかなかったのだ。
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