抹茶な風に誘われて。
「……お父様、ご病気でいらっしゃるんです!」

 荒げた静さんの声を遮って、必死で告げた。

 見開かれた瞳を見つめながら、伝えなければいけないことを言葉にのせる。

「綾子さんが仰るには、癌だそうです。それも、末期の――だから、今じゃなきゃいけないって。静さん、お父様に会いに行ってあげてください」

 重く心に圧し掛かっていた事実を、ようやく言えたとほっとする。

 でも静さんに痛みを与えてしまう役割が、辛くないとは言えなかった。

 一番辛いのは、静さん本人であるはずなのに――。

 覚悟して見上げたら、静さんの瞳はただ呆然と見開かれ、何の感情も映してはいなかった。

 しばらく私をただ見つめ返していたかと思うと、唇の端がつりあがり、乾いた笑いがこぼれ出たのだ。

 おかしそうに額を押さえて笑い出す静さんに、思わず疑問の目を向けてしまう。

「静、さん――? どうし……」

「おかしいにもほどがあるな。末期癌だと? 命尽きる前に会ってくれって言うのか。今まで全く省みず、俺を――母さえも愛そうとはしなかった男が!」

「静さん、そんな――」

「だってそうだろう。母が死んだ時には涙一つ見せもしなかったくせに、自分の死を前にしたら怖くなったのか。笑わせる……そんな男に会いに行く義理がどこにあるって言うんだ」

 想像もしなかった言葉に、私は耳を疑っていた。

 あの優しい静さんが、ここまで憎しみをあらわに人を蔑むなんて――しかも死の床にある自分の肉親に、会う必要などないと言うのだ。

 気づけば、片手を振り上げていた。
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