抹茶な風に誘われて。
 お喋りに夢中な優月ちゃんたちに笑顔で相槌を打ちながら、見学もいつしか終盤を迎える。

 香遠亭という池の真ん中に立てられたあずまや――今までで一番風情のある場所に感嘆して、そこをぐるりと回っていった最後に訪れたのは、何かの碑。

 明成皇后遭難の地、という名で建てられたその石碑は、ここが李朝最後の王妃、つまり閔妃殺害の地であることを示すもの。

 日本人の暴徒によって殺害されたという歴史の事実に、さすがにみんな神妙な面持ちで黙祷している。

『――皮肉なもんだよな』

 さっき聞いた言葉が脳裏に蘇って、ふと見やった先には一人、少し離れた場所で石碑を見下ろすアキラくんがいて。

 その瞳には何の感情も読み取れなかったけれど、なぜか無表情すぎる彼が一瞬近寄りがたく見えた。

 在日韓国人だったこと、その事実を施設の誰にも言っていなかったこと、更に言えば両親の事情や彼のアメリカでの生活にしても、よく考えてみれば私は何も知らなかったのだ。

 自分のことで精一杯で、アキラくんが今までどういう人生を送ってきたのか考えようともしなかった。

 施設に預けられて、おじさんに引き取られて、その後アメリカへ渡って――十分に波乱に富んでいたであろう彼の歴史を。

 ――アキラくんは、本当は日本に何をしに来たんだろう。

 突然、そう思った。

 最初こそ『ハニーにしてみせる』だの、静さんの過去を私に突きつけてみせたりと、振り回されてばかりだったけれど、自分自身がなんとか落ち着いた今、彼の滞在理由がいまいちわからないことに気づいたのだった。

 目が合ったら、アキラくんはそばかすの浮いた頬を緩めて、いつも通り笑った。

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