抹茶な風に誘われて。
「かをるちゃーん、お風呂空いたわよ。かをるちゃん?」

 ドアをノックされて、私はあわててベッドから起き上がった。

「はーい、今、入ります」

 ずっと見つめていたメモ用紙を勉強机に置いて、パジャマを手に部屋を出る。

 まだドアの前に立っていた葉子さんが、茶色のショートヘアーからシャンプーのいい香りを漂わせながら笑いかけた。

「どうしたの、なんか物思いにでもふけってた?」

「いっ、いいえそんなこと。ちょっ、ちょっと宿題してて」

 あわてて閉めようとした部屋のドアに手をかけて、中を覗き込んだ葉子さんが「あっやっぱり!」と嬉しそうな声を上げる。

「さてはさっきの美形のこと考えてたなー? なーんかいい雰囲気だと思ったら、やっぱワケありでしょう。このこの、白状しろー!」

 止める間もなく机の上のメモ用紙を取り上げて、葉子さんは迫ってくる。

「なっ、なんでもないですっ。ただの配達の依頼だって、さっきも言ったじゃないですか」

 両手をぶんぶん振ると、丸いメガネを外した葉子さんの目がぎろりと光った。

「ううん、あたしにはわかるのよ。今日帰ってきた時も様子がおかしかったし、ううん、ここ数日のかをるちゃん、なんかそわそわしてるっていうか、とにかく怪しいの! さてはあの美形に恋しちゃったんでしょう! 付き合ってるんでしょう? いいのよ、あたしには何でも言って! ねっ?」

 大柄な葉子さんに思いっきり羽交い絞めにされて、私はついつい叫んでしまう。

「くっ、苦しい葉子さん! 違いますってば、あの人は本当に昨日会ったばかりの人で……そんな関係じゃありませんったらー!」

 解放された首をおさえて息をつく私を、たちまちにやりと笑った葉子さんが見つめた。
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