抹茶な風に誘われて。
 *


 修学旅行の途中で突然姿を消したアキラくんのことは、ちょっとした噂になった。

 アメリカで次期社長候補としての勉強を至急再開しなくてはいけないから、というおじさんの説明は後日担任の先生によってみんなに伝えられた。

 残りの日程を無事消化して、結果的に修学旅行を楽しめたことはよかったけれど、私にとって忘れられない旅行になったことだけは確かだった。

「やっぱり最後まで意味不明だったねーあいつ。もしかしてかをるちゃんに振り向いてもらえなくて傷心で帰っちゃったんじゃないのー?」

 通常授業に戻ったいつも通りの教室で、優月ちゃんが囁く。

「まーた優月! そんなこと言ったらかをるちゃんが気にするでしょうが!」

 声をひそめて注意する咲ちゃんに、私は大丈夫だと笑ってみせた。

「いいの。それにアキラくんの好きな人は……私じゃなかったから」

「えーっ? どういう意味? 教えて教えてー!」

 早速大きな目にハテナをいっぱい浮かべて聞いてくる優月ちゃんだったけれど、私にとっては幸いというべきか、チャイムが鳴って授業が始まった。

 ――本当は、今でも思い出したら背筋が震える。

 あの時、知ってるはずのアキラくんという人のことを、本当は何も知らなかったんだということにやっと気づいた。

 服を引き裂かれて、ベッドに押し倒されたことも怖くてたまらなかったけれど――もっと恐ろしかったのは、彼が私を憎んでいたことを知った瞬間だったのかもしれない。

 おじさんに連れて行かれたアキラくんのことを、私はうらやましいとしか思っていなかった。

 けれどアキラくんにしてみれば、両親という新たな存在と共に、会社を継ぐ跡取りとしての勉強や期待が一気に圧し掛かってきた困惑や不安でいっぱいだったのかも――。

 ただ混乱していたあの場ではわからなかったことが、落ち着いてみてやっと飲み込めてきた。

 ハナコさんや綾子さんの知る情報で聞いたことは、施設でいつも明るかったアキラくんの影といってもいい部分だった。
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