抹茶な風に誘われて。
 もともと在日朝鮮人の両親に生まれたアキラくんは、私のように生まれてすぐ施設へ来たのではなくて、三歳になってから預けられたのだという。

 物心ついた時には一緒に過ごしていたから、自分と同じだと勝手に思っていた。

 でもそうではなかった。

 アキラくんには、実の親に虐待されてきたという過去があったのだ。

『それでも子供は親を憎めないものなのよ』という悲しそうなハナコさんの声が耳に残っていた。

 お酒を飲んで暴力を振るっていたというお父さんが事故で亡くなって、お母さん一人の力では育てられなくなった。

 皮肉なことにそれからもっと虐待がひどくなって、近所の人が通報した結果施設に来ることになって――お母さんはその後水商売などで働いた後、行方不明になったのだそうだ。

 施設で面会に来る親は少なかったけれど、親がいないから来られないのと、いるのに来てもらえないのとでは大きな差がある。

 京都で私の両親のお墓を見た時、優しく付き添ってくれたアキラくんの胸にはどんな思いがあったんだろうか、と今になって思う。

 だから二度目の親になってくれたおじさんには、捨てられたくないという気持ちが強かったんじゃないかと綾子さんも言っていた。

 あの時静さんが言ってた言葉の意味がようやくわかった私に、おじさんからまた手紙が届いた。

 アキラくんがまたアメリカの学校へ通い始めたこと、次期社長候補としての勉強はしばらく休ませること、そして、これからは家族三人の時間ももう少し大事にしたいと考えていること――などがつづられていた。

 何年かかるかわからないけれど、今度は家族ともども笑顔で私に会える日が来ることを願っている、とも。

 明るい秋の空を見上げながら、私は考えていた。

 ――今度アキラくんと会う時は、もっと本音で向き合えたらいいな。

 校庭の隅のコスモスが、優しい風に揺れていた。
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