抹茶な風に誘われて。
「さすがは静様。製薬方面にも手を伸ばした我が一条グループの元後継者だけはある、幅広い知識をお持ちです」

「わざとらしい世辞は結構だ。知り合いが飲んでいた薬だから知っているだけだ。一条グループとは何の関係もない」

 ゆるみかけた空気を引き締めるような、冷たい声。

 目前に広がる日本庭園でスズメが和やかに鳴いている。ししおどしの音が沈黙を彩った。

「――責めたければ責めるがいい。こうでも言わんと、お前が再びこの家に戻ることはないと思ったのだ」

 ようやく話の流れに気づいた私が息を呑むのと、静さんが乾いた笑い声を上げるのは同時で。

 あいかわらず無表情な斉藤さんを挟んで、二人は視線を交えていた。

「……あなたが老いたということだけは、確かなようだ。まさか息子の前でそのような殊勝な態度をお見せになるとはね」

 静かに呟いた言葉は、先ほどまでとは違って皮肉も責めるような意図も感じられない、ただ穏やかな声音をしていた。

「――お前が私に似て頑固だということはわかっていたからな。それを貫くには、私は少し年老いすぎた……疲れたのだよ」

 少しかすれた、独白のような答えを聞きながら、静さんは長いため息を吐き出す。

 閉じられていたグレーの瞳が再び開いた時、複雑だった感情のひしめきは消えていた。

 十年以上も言葉一つ交わさなかった親子が、ほんの少しだけ歩み寄ったのが見えた瞬間、私はあふれてきたものを堪えられなくなって。

「――かをる」

 わずかな驚愕を含んだ声が、私を呼ぶ。

 静さんの瞳は涙で潤んでよく見えなかったけれど、私は二人に駆け寄って――座り込んだままのお父様に手を差し伸べていた。

「よかった……末期癌じゃなかったんですね。お体は、大丈夫なんですね……!」

 心の底から沸きあがった安堵と喜びの思いをそのまま言葉にした私を、その場の全員が見つめる。

「……ああ、ありがとう」

 静さんとよく似た声が、静かにそう答えてくれた。
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