抹茶な風に誘われて。
 ぽちゃん、と天井から落ちてくる水滴に手をやって、ため息をつく。

 あの人は、一体どういうつもりなんだろう――。

 ううん、本当にどういう人なんだろう。

 昨日会って以来、いや、二度目、三度目と会うたびに余計にわからなくなる。

 一度目はただ嫌な人だと思った。

 二度目も何て人だと思った。

 だっていつも失礼な言葉を投げつけて、まるで私の反応を楽しんでるみたいだから。

『また会えたな、おちびちゃん』

 さっきだってそう言った後、ただ驚くばかりの私を面白そうに見つめて――勝手にレジの上のメモ用紙を取って、さらさらと書いたもの。

 それは綺麗な達筆の、彼の名前と住所。

「一条静……さん」

 そっと呟いて目を閉じると、忘れられないほど鮮やかなグレーの瞳と、浅黒い肌が浮かぶ。

 今日も自然に着こなした着物姿で、まっすぐに伸びた背中だった。

 サラサラとした黒髪はとても綺麗で、ななめに落ちる前髪もえりあしも少し長めで、彼の涼しげな印象を引き立てていた。

 メモ用紙を手渡して、私を呼んだ低い声が、今も耳に残ってる――。

『配達は君にお願いするよ、おちびちゃん。いや、九条、かをるちゃんだったかな』

 たった一度、千手堂で聞いた私の名前を覚えていたあの人。

 弊店間際に突然現れて、ただそれだけを言って帰って、私は何も言う暇もなかった。

 穴が開くほど見つめたメモ用紙に書かれていた注文は、あの人のイメージとは正反対の、優しい花の名前。

「また、お茶会に使うのかな――」

 あの時、河原で折った夕顔も、お茶会に使ったって話してた。

 わざわざそれに合わせたお茶菓子まで作ってもらって――あの人にとっても、夕顔は何か意味のある花だったんだろうか。

 自分にとって少し苦い思い出であるあの花。

 あの不思議な人は、どんな想いで折っていったんだろう。
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