抹茶な風に誘われて。
「知っているか? 恋人たちの夜には、言葉はいらないんだそうだ」

 楽しげに言われた一言を残して、また振ってきたキスの嵐。

 抵抗する力も何もかも消えて、あとに残ったのは震えるような感情だけ。

 大好きな人と分け合う熱が、ためらいも戸惑いも溶かしていく。

 あれほど恥ずかしくて、恐ろしかった行為が、こんなに愛しさに満ちたものだったなんて――。

 重ねた手を必死で握って、何度も取りすがるように名前を呼ぶ私の、震える体の全てに触れる静さん。口に出されたものではない言葉が私の胸に染み込んでいく。

 ――愛してる。

 深い想いを込めたその声が、ずっと聞こえていた。



 *


 まだ朝もやの立ち込める中、眠るかをるを残してそっと散歩に出た。

 都会の喧騒も何も届かないこの山中で、糸のような小雨が手にした和傘に弾かれる音だけが聞こえている。

 昨日の再会のせいなのか、夢見はあまりよくはなかった。

 こうして早く目覚めてしまったのも、そのせいだと言えなくもないのだが――そばにある暖かい体にまた触れたくなる自分を抑えるためにも、少し頭を冷やすことにしたのだ。

 女を抱いたことなど数知れぬというのに、まだこの手に残る温もり。

 不思議なことに、消えることのないそれは、自分の冷えていた胸の奥まで暖かく染めていく。

「十代の少年でもあるまいし――何を浮かれているんだ」

 声に出して自分をいさめても、まだ高揚した思いは冷めなかった。

 ただ心から、体の奥底から湧き上がってくる感情があるのだと初めて知った。愛しい、と感じることで自分も喜びを得ることができるなんて――。

 細かな砂利の敷き詰められた旅館前の道を歩きながら、昨夜の斉藤との通話を思い出す。
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