抹茶な風に誘われて。
『嘘をついででも、社長がどうしてもあなたを呼びたかったわけがわかりますか? 静様』

 俺と十も変わらぬというのに、昔から飄々とした態度を崩さぬ社長秘書の意味ありげな発言。

 口を割らせることなど簡単だったが、それさえも楽しんでいるのが声音で明らかだった。

『あなたが愛した女性との未来を、ちゃんと祝福してやりたかった、のだそうですよ――自分の二の舞は息子にさせたくない、と涙ながらに仰っておりました』

 涙ながらに、というのが脚色であることくらいすぐにわかったが、予想もできない答えに気の効いた返しもできなかった。

 結婚式には出席したいと言っているのだとかなんとか、淡々とした口調で続ける斉藤を無視して、電話は切ってやったが。

 血も涙もないと思っていたあの男が、本当にそんなことを考えたというのか。

 自分が考えていたほど、冷たい父親ではなかったと今更突きつけるつもりなのか。

 ただ、最後に斉藤が呟いていた言葉だけは、耳に今でも残っている。

『あの方が一族の反対を押しのけて、あなたを跡取り候補として引き取った事実だけでも、並大抵の覚悟ではできなかったことだと思いますが。それを全て無にしてみせたあなたの覚悟も相当だと言えるかもしれませんねえ、静様』

 ――そうだ、本当はわかっていた。

 ずっと前から気づいていたことだ。

 あの一条家に肌の色の違う妾の息子を迎えたということだけで、どれほど大変な選択だったのか。

 容赦なく与えられた罰は記憶から消えないけれど、少なくともあの人本人の口から、自分を選んだ後悔など一つも聞かなかったことも。

 本妻と不仲になったのも、仕事で出向いたイギリスで出会った母との間に子を設けたからで――そのせいでなのかどうなのか、精神的に病んだ妻と別居という形で事実上離婚して、子のなかった一条家に残った希望は、俺という存在しかなかったのだろう。

 それが後継者の確保としてやむを得ないから、という理由であったとしても――。
< 341 / 360 >

この作品をシェア

pagetop