抹茶な風に誘われて。
 全てを父に押し付けて恨んできた過去が、老いた背中を見た時自分に圧し掛かってきた気がした。

 どれほど憎らしい相手でも、血を分けた父親が病の床になかったという事実で、救われた自分がいたことも知った。

 その複雑に絡み合った思いをほぐしてくれたのは、ただ一つ――かをるの笑顔だけだった。

 最初は遊び程度のつもりで付き合い始めた一回り以上も年下の少女が、その存在が自分を癒してくれた。

 彼女がどれほど大切なのか、はっきりと気づかされたのだ。

 山中ならではの霧に包まれて、静かに散策を続けていた俺がまた旅館の正面に戻ってきた時、ちょうど強い風が吹いた。

 差していた和傘を少しずらすと、紅葉の合間からこちらに歩いてくるかをるの浴衣姿が目に入った。

 起きてから俺がいないことに気づいて捜しに出てきたのだろう、不安げだった瞳は俺を見とめてやわらかい光を浮かべる。

「……よかった。静さん、どこに行っちゃったのかと思いました」

 少しだけ責めるような上目遣いに、また口元が自然とゆるむ。

 昨夜の甘い声が脳裏に蘇って、悪戯心が顔を出す。

「――おいで」

 そっと手を差し伸べたら、かをるは何も疑うことなくその手を握る。

 いきなり強く引き寄せた俺の胸に華奢な体がおさまって、小さな悲鳴が抗議のように響いた。

「静さ……」

 俺の名を紡ごうとする唇を奪って、深く深く口付ける。

 朝一番には少々きつすぎる熱烈な挨拶に、かをるは力が抜けたように俺の腕にしがみついた。

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