抹茶な風に誘われて。
「きゃあ、大抜擢!」

 手を叩いて喜ぶハナコさんに苦笑して、静さんは頷いた。

「進学費用は俺が立て替えて、毎月給料の中から分割して差し引いてやる。まあ、お前はまだまだ新人だから、完全返済には長い年数がかかるだろうが――」

「そっ、それはもちろん、絶対払います! でも――本当に私でいいんですか?」

 何もかもが夢のようで、信じられない。

 ただ今まであきらめていた未来にいくつもの扉が開いて、光が差し込んできたような気持ちだった。

「よし、返済の確約もあることだし、心置きなく新しいビジネスを始めるとしよう。ついては、このカフェ兼教室に付けるいい名前を考えたいんだが……何か候補はないか?」

 鮮やかな微笑を口元にたたえて、訊ねる静さん。

 常に留まることのない清流のような、滑らかで美しい姿勢にますます魅了されていくのが、自分でもわかる。

「はいはいはーいっ、そのままズバリ、『ホストもOK抹茶屋さん』なんてどう?」

「ばっかねえ、そんないかがわしげなタイトルで客が来るわけないでしょう! ここは女の子にアピールよ! 『イケメン抹茶』やっぱこれでしょ!」

「どっちも十分いかがわしいって」

 張り切る二人を冷ややかに眺めながら、香織さんが紫煙をくゆらせている。

「かーっ、万年最下位ダメダメホストとオカマちゃんに任せてたっていい名前なんて思いつくわけないじゃん! ここはあたしが……」

「ちょっと優月! あ、そうだ。ねえ、かをるちゃんならいい名前考えてくれそうじゃない?」

 咲ちゃんに突然ふられて、私は固まってしまう。

 優しく見つめてくれる静さんの視線と、興味津々といったみんなの笑顔に囲まれて、無意識に息を吸い込んだ。

 晩秋の風は静かに茶室の畳を撫でていって――慣れた香りを運んでくる。
< 352 / 360 >

この作品をシェア

pagetop