抹茶な風に誘われて。
「こういう風に、外で茶を点てて飲むのを、野点(のだて)って言うんだ。普通に茶室でやる茶会みたいにあれこれ作法はないから、緊張しなくていい」

「そ、そうなんですか。よかった……」

 見るからにほっとしている彼女に笑いそうになるのを堪え、茶碗に湯を注いで温めることから始める。

 湯を捨てた茶碗を茶巾で拭き、次に茶杓を取り出して抹茶をすくう。

 柄杓で適量の湯を一気に注ぐと、軽く茶碗を押さえながら手早く茶筅でかき混ぜていく。

 茶の表面に細かい泡が立つと、真ん中が盛り上がるように茶筅を抜き、薄茶の出来上がりだ。

 かをるの正面に茶碗の絵柄を向けて、すっと差し出したら、俺の仕草をただじっと丸い目で見つめていたかをるが我に返ったように顔を上げた。

「あっ、はっ、はい。えっと――いただきます……って、これって――お茶碗を回したりとか、するんでしたよね?」

 おっかなびっくり、といった手つきで茶碗を手に取るかをる。

 ぐるぐると何度も回しだす彼女に、ついに俺はまた笑い声を上げてしまった。

「絵柄を避けて、二度回せばいいんだよ。そんなに回しちゃ、茶の泡が台無しだ」

「そっ、そうなんですか! ごめんなさい、あの、私……」

 顔を真っ赤にしてあわてふためくかをるの前で、俺は自分の分も茶を点て、わかりやすいように飲んでみせた。

「こんな風にね。ほら、もう作法は気にせず飲んでいいよ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 俯きながら、そっと茶碗に口を当てる。そしてごくりと意を決したように茶を一口。やっと落ち着いたように二口。

 かをるは意外そうに笑って、俺を見た。

「おいしい――もっとものすごく苦いものだと思ったけど、意外と優しい味なんですね」

 言われて、自然に微笑を浮かべている自分がいた。
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