抹茶な風に誘われて。
 一条静、それが俺の名前だ。

 気に入ったことなど一度もなく、変えられるものなら変えてやりたいと憎んだほどの名前。

 けれど今はあえてそう名乗ることで、自分を肯定しようとしている。

 この世で唯一、暖かい響きをもって呼ばれた名前は今はなく、俺は一条静として生きることに決めた。

 なぜ、なんてわからない。ただ見せつけたかったのかもしれない。

 俺は日本人なのだ、と。

 誰の目にもそうは見えずとも、この国に縛られ、踏みにじられた人生を自分の手に取り戻すために。

 あの男に復讐するために――。


 ふと気づいたら、足を止めていた。

 夕涼みのつもりで出てきた河原、高校生らしき集団が制服の肩に『地域クリーン運動――きれいな街、きれいな未来』とデカデカと書かれたたすきをかけ、揃いも揃ってゴミ拾いをしているところに出くわしたのだ。

 見るからに面倒くさそうに立ち話をしている生徒たちを追い立てる教師。仕方なさそうにゴミを集める光景。

 結構なことで――ちらりと一瞥しただけですぐに歩き出そうとした俺は、背後で何やら女生徒の声がするのに気づいた。

「見てみて、あの人! 外人? ハーフ? すっごいかっこよくない?」

「わあ~超セクシー美形じゃん! 着物着てんだ、珍しいね~」

「ね、ね、優月、声かけなよ~」

「えっ、あたし英語無理!」

 聞き飽きたトーンの黄色い声とその内容は、俺の足を速めるのに十分だった。

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