抹茶な風に誘われて。

Ep.7 着物

 おいしいお茶を点てることができるのはいい人だ――君はそう言った。

 ならば父もそうなのか。

 母を最期までないがしろにし、自分を心から愛したことなどなかった、あの父が。

 俺に点てた茶のように、澄んだ心を持っていたというのか。

 そんな反発が瞬時に沸いた。

 ただそれだけで、君を傷つけた。

 ガラス玉のような綺麗な瞳が曇り、涙を浮かべた時に俺は気づいた。

 ――あれはただのやつあたりだ。

 三十にもなって、いつまでも過去から解放されずにいる自分。

 恨んだのも、憎んだのも、背を向けたのも自分であるのに、一体いつまで忘れられないんだろう。

 そんな自分への苛立ちが、純粋な少女に矛先を向けてしまっただけに過ぎない。

 わかっていたけれど、追いかけることはできなかった。

 追いかけてはいけない気がした――。
 

 
『お前なんかしたんだろっ! 静!』

 少女が出て行った後に問い詰められた。

 ――キスしただけだ。見当違いのことで勝手に逆上して、勝手に奪った。ただそれだけ。

 そんなこと言えるわけがない。

 ――ただ、壊してみたくなった。

 いくら俺でも我に返れば赤面するような、そんな子供じみた行動だった。

 だから結局いつもの答えを口にした。

『――別に』

 言ってから、その後に続ける言葉を頭の中で補う。

 ――別に、どうでもいいさ。

 それは過去のしがらみからほんの僅かな間でも逃れられる、便利な言葉。

 何が起こったって、別に気にすることなんてない。どうということはない。そういう意味だ。

 誰も俺を変えられない。何も俺を縛れない。だから、俺は『自由』だ――。

 それが『自由』という名の『孤独』であることはとっくに知っていたけれど、何年も続けてきた思考を変えるすべなど持たない。

 変えてしまうことすら、怖かったのかもしれない。

 だから俺は忘れることにした。

 何もなかったことにして、いつもの気まぐれだったことにして、忘れてしまおう――。

 そう思っていたというのに、その『すべ』は向こうからやってきた。

 九条かをるという名の、ややこしい少女の姿で。
 
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