抹茶な風に誘われて。
「あ、あの……お茶、頂きますね」

 いつの間にか差し出されていた薄茶の茶碗に手を伸ばし、私はおそるおそる静さんに声をかける。

 一応お茶会なのだし、と勉強してきた作法をもう一度実践しようと思ったのだ。

 さっきの濃茶では緊張してしまって、あまりうまくできなかったから。

 ――えっと、お茶碗は右手でとって、左手にのせる。そして、右手を添えて持って……お茶碗の正面を避けるために、時計回りに二度まわす。

 こ、これでいいのかな。

 どきどきしながらも、なんとか覚えてきた通りにはできた気がして、一人満足してお茶を頂いた後、静さんが突然私を見た。

 今まで遠巻きにしか見てくれなかったから、まっすぐにグレーの瞳に射抜かれて心臓が鳴り始める。

「作法、勉強してきたんだ」

 ぼそっと低音で呟かれた質問に、私はあわてて頷く。

「はっ、はい――前に何もわからなくって恥ずかしかったから……その、一夜漬けですけど」

「誰に習った? 花屋の奥さんか?」

「い、いえ。葉子さんはフラワーアレンジメントには詳しいけど、お茶のほうはわからないからって――千手堂のおばさんに」

 なるほど、と突然笑った静さんに首を傾げたら、楽しげな瞳と目が合った。

「道理で。その着物も千手堂で借りたんだろ? 普通の家で揃えてあるようなモノじゃないからな」

 どうしてわかったんだろう、と疑問に思いながら、昨夜の葉子さんの言葉を思い出す。

『着物は見る人が見たらすぐわかるものだから、ちゃんとしたものを着ていかないとね』

 ワンピースでも着ていこうかと悩んでいた私の前で、さっさと葉子さんが千手堂のおばさんに電話してくれて、今朝から着付けてもらったものだった。

「あの――はい。せっかくのご招待だから、うちにあるものでよかったらどうぞっておばさんが仰ってくださって」

「さすがは老舗の和菓子屋、か。やっぱり嗜みはあるものなんだな。まあ普段の着こなしでわかってはいたけど」

 自分一人で納得したかのような静さんの言葉。

 けれどやっと自然に言葉を交わせた気がして、嬉しくなった。
< 68 / 360 >

この作品をシェア

pagetop